Critical // クリティカル

批評や反感を含む印象的な曲達

活に彩りを添えてくれる音楽だが、音楽のジャンルや歴史を知ると、想像もできないような暗い過去や作曲家たちの壮絶な人生などが、曲の背景に垣間見えてくることがある。

戦争や差別意識が激しかった時代に歌われた作品の中でも特に、胸が強く締め付けられる楽曲の1曲としてBillie HolidayStrange Fruit(奇妙な果実)が挙げられる。この楽曲は、人種差別の惨状について歌われた曲であり、タイトルの奇妙な果実とは当時、奴隷のような扱いを受け変わり果てた姿(木にぶら下がった首吊り死体)となってしまった黒人のことを指す。気になった方はぜひ聴いてみて欲しい。

音楽の原点でもあるクラシック音楽には歌詞というものが存在しないのにも関わらず、なにかしらの訴えや思想、情緒などの表現が込められ、現代までその解釈は受け継がれている。その素晴らしさに多くの人が共感や評価をし、名曲となって存在しているものも多いだろう。
過去も現代もジャンル問わず音楽で表現された「作品」であることに違いはない。

今回は、これまでわたしが聴いてきた現代音楽の中でも特に、ゾクッとするような内容のものや、衝撃を与えられ、忘れてはならない内容だと解釈した楽曲に焦点を当てる。

クリエイティブの消費と価値への訴え
I Stand Alone / Robert Glasper Experiment feat. Common & Patrick Stump

Robert Glasper ExperimentBlack Radio 2 #2に収録されているI Stand Alone。グラスパー自身がこの曲についても語っており、”クリエイティヴな黒人はどこに行ってしまったのか。お互いをコピーし合っているせいで、深さや意味のないサウンドばかりが生まれている。過去にはお金やビジネスなんかより音楽が大事だったはずだ。創造的だったはずなのに、どうしてこうなったんだ?フォロワーでなく先駆者になれ”といった訴えが込められていると話している。

 

最後の部分のインタールード(収録トラック)、これはジョージタウン大学の教授であるマイケル・エリック・ダイソンのもので、彼はアフリカン・アメリカン研究者でもあり、最も影響力のあるアフリカ系アメリカ人100人に選ばれている。

内容も非常に素晴らしいと感じるもので「時代のトレンドほどバカバカしいものはない」「クリエイティブなものを生み出す力を無視して、流行りをまねただけのものに満足してはいけない」というようなことが語られている。これに関しては、音楽だけではなくクリエイティブなもの全てにおける話ではないだろうか。

この/////(Fivewalls.jp)というサイトも似たような疑問を抱き立ち上げたメディア。これまでに生み出されてきている作品の価値を見つめ直すきっかけづくりとして、これまでリーチされなかった年齢やジャンルへ、そして差別や偏見を取っ払い、純粋に音楽を聴き楽しむきっかけになればと始めた試みのひとつ。自分以外の周囲の影響や、どこかの誰かの金儲けのために操作された流行、トレンドなんかに影響されることなく、自由に選択できる音楽だからこそ、多くの人に、本当に好きだと心から思える音楽やクリエイティブ作品に多く出会って欲しい。

誰もが簡単に有名になれる現代社会に対する批評
Best Friend / Foster The People

アメリカ ロサンゼルス出身の3人組バンド、Foster The People。過去の作品などからもメッセージ性の強い楽曲やミュージックビデオが多い印象のある彼らだが、2014年に発売されたAlbum 「Supermodel」は、まさにFoster節が炸裂しているパンチの効いた作品。

その中でも、Best Friendのミュージックビデオの完成度と攻撃力は凄まじい。私自身も久しぶりに聴いてゾクッとしてしまい、それがやや癖になる逸曲。なかなかグロい描写もあるので、苦手な方は気分が悪くなっちゃうかも。笑 閲覧は自己判断でどうぞ。

 

このアルバム、Supermodelのタイトルの由来には、ソーシャルメディアが発達したことで、誰もが簡単に有名人(偉人)かのようになれる現代社会への批評も含まれているという記事もある。SNSというツールが意図せず起爆剤となり、人からの承認を必要以上に求めたり、誇示することへの執着心や、異常なまでの欲求に歯止めが効かなくなった人たちにとって、便利な道具ともされていることに対する皮肉を込めたものとも捉えられる。

Best Friendという曲への解釈は様々だとは思うが、個人的には ” 依存性 ” のようなものにフォーカスした楽曲なのではと勝手に解釈している。「親友がみんな麻薬中毒になったら」というような歌詞に併せて、ミュージックビデオでは美しさを追求しすぎるあまり、十分すぎる美しい女性(自分自身というオリジナル)が、わざわざ別のパーツ(美しいパーツを持つモデル)を取り込んでいくシーンが描かれている。

これは、麻薬中毒の歌でも美しさへの依存の歌でもないのではないかと個人的には解釈していて、誰かのコピーをしたり、努力なしに上っ面だけの真似をした(※1) 見せかけのイミテーションばかりが量産され、正真正銘のオリジナルという一流が生み出されることが極端に少なくなってしまった現代社会への批評が込められているのではないかと感じた。

つまり、当然のように(日常的に)なんの疑問も抱かず、(※1)をそれをやっている人たちを麻薬中毒に例えているのではないかと。そういう解釈をすると、「You do everything you can Cause you’re never gonna let it get em down」という歌詞の意味も内容もなんとなくわかってくる。まぁ、これも個人見解に過ぎないんだけどね。

権力保持者への怒りと皮肉か
豚の皿 / GRAPEVINE

GRAPEVINEファンの人たちは既にご存知の通りですが、今回はGRAPEVINEをまだ聴いたことがない、この曲を知らないって方向けに、個人見解含め書いていきます。

2003年に発売されたイデアの水槽というアルバムの1曲目に収録されているこの曲。タイトルだけでも生々しさが伝わるのだけれど、初っ端の不気味なイントロと「不安な朝」から始まる歌詞にも薄気味悪さを感じる。

 

歌の最後に「BSEが気になりだす」という言葉がリピートされるため、この記事を書き終わるまでBSE問題に対する皮肉が歌われているのだと解釈していた。

お肉の消費量が多いアメリカでは、食肉業者が権力を持っていることもある関係から、政治家との癒着等によってBSE問題の原因や事実どころか、BSE問題についての報道自体がそもそもタブーだったと言われている。メディアやマスコミすらも服従せざるを得ない構造だったという話もある。

この頃のブッシュ大統領の支持率は下降気味だったという情報もあり。自分の支持率をあげるためにも権力者たちの要望を聞き、米国牛輸入再開に必死に努めるなどして権力のある者たちが損をしないように都合よく事実を捻じ曲げ隠蔽し、利益をむしり取るように社会を支配しているようだったという話もある。

そんな理由からもこの曲を聴くと、そんな独裁者たちへ向けた怒りや反感かなとも捉えられ、見事に我が物顔で世界を仕切り、どうとっても権力者たちの都合のいい戦略や状況が生まれていることに対する批評の歌なのではないかと勝手に解釈をしていた。(ちなみに私自身アメリカは大好きです)

この記事を書き終え、メディア公開前にPerry,Incの共同代表である中山氏にこの記事をシェアしたところ、「これは、イラク戦争のことを歌っているのでは?」という意見が返ってきた。

独裁者・独裁者=サッダーム・フセイン
主導者=ブッシュ大統領
支配者=戦争に参加した連合全体
選びぬかれたストラディヴァリウス=軍事兵器

歌詞を読み上記を想像した上で、これらを解釈したとのことだった。確かに “いつか見た世界史の一頁(1ページ)となろう ” という歌詞の意味とも一致する。これらを元に改めて曲を聴くと、とても深い歌のように聴こえる。

じゃあBSEに関してはどうなの?ってことなんだけど、BSE問題に関しては、この約2年程前に流行り沈静化したと言われているものの、独裁者を捏造(※1)した証拠で制圧し、イラクの自由とかいう世界連合に信用性などないじゃないか、BSEも絶対おさまってねーな的な意味合いで「BSEが気になりだす(ぼやき?w)」と歌っているのではないかと説明してくれた。(※1)イラクは大量破壊兵器を保有しているとメディアで広言していたブッシュ政権だが、結局大量破壊兵器は発見されなかった。亡命したイラク人とブッシュ政権側の情報操作や捏造の疑惑も出ており、以前から戦争は実行される計画だったとも言われている。こちらの記事もなかなか勉強になったのでシェアしておく。⇢ 米国が9.11を起こした理由

アーティストが公表していない以上は、解釈に正解も不正解もないと思うんだけど、今回はイラク戦争側の解釈が濃厚かな?と個人的には思っている。解釈に対して議論をするのがとても面白かったし、ゾクゾクとするものがあった。

また、この歌によってBSE問題についても、イラク戦争についても改めて色んなことを考えさせられた。情報の裏に一体どんなことが隠されているのか、どんな歴史があるのか、その評価は誰によってされたものなのか等、我々の生活に関わる様々なものに対して自らの目で見て、頭で考え、感覚で感じとる必要がまだまだありそうだ。

これまでほどに溢れかえる量の不確かな情報を鵜呑みにし過ぎず、惑わされず、受け手側は常に本質を見極め自分自身で選択・判断していく意識を常に持ち続けたいものだ。誘導的に見せられている情報は何も私達を守ってはくれない。無知だったがゆえに最終的には泣き寝入りするなんてことにならないためにも必要な意識ではないかと感じた。

曲の話に戻って、ボーカル田中さん自身はこの曲の歌詞自体、焼肉からインスピレーションを受けたってことをインタビューか何かで語っていたって聞いたことがある。デビューの時からGRAPEVINEが大好きだけど、特に田中さんの哲学的な歌詞にはいつもゾクゾクとさせられているし、深さゆえ色んな側面から解釈をする楽しみがある。日本のロックバンドの中でも特にズバ抜けたカリスマ的バンドだと思う。

フェミニズムについて考えさせられる名曲
流行 / 椎名林檎

2009年に発売された三文ゴシップに収録されたこちらの曲、流行。RHYMESTERのMummy-D(坂間大介)さんとのコラボ曲。とてもセクシーでかっこいい。
現代女性にフォーカスされているとも捉えられる内容で、歌詞に関しても「特徴なんてこれっぽっちも無い」「私の名ならば女、それ以上でも以下でもない」など、初っ端から攻撃的なセリフが多く登場する。特に印象的なのは、「さようなら名プロデューサー 女の私に個性はいらない」と歌われている部分。プロデューサーというのは恐らく男性のことだろう。

 

恋愛において女性という生き物は、比較的好意を持つ男性好みにメイクや服装などを変えたりする傾向にあると思うが、その姿をプロデューサーという言葉で表現したとの解釈もできる。
また、ミュージックビデオでご本人がランウェイを歩いているが、モデル=個性ではなく、まさに流行をあしらう職業であるという意味をかけているようにも感じた。

この楽曲から個性のない女性とは?と疑問に感じ考えたところ、世間一般が抱く極端な「女性らしさ」から、その延長にあるミソジニーやフェミニズムについても考えさせられた。女性は髪が長くないととか、振る舞いや性格に奥ゆかしさを求められたりだとか、ジェンダーレス女子に対する批判など、未だに女性嫌悪や女性批判が強い国が存在することも事実である。

女性である私から見ても、その点で日本は、非常に柔軟な考え方をする国であるほうだと思っている。他国に比べれば日本は、不自由を感じるどころか男性よりも女性が優遇されることも多く存在し、レディースデーや女性専用車両など、普通に生活する分には女性のほうが有利であることが多いのではないかと個人的には感じている。過剰すぎないかとさえ感じることもたまにあるが、男性よりも女性のほうがややトレンドを生んだり経済を回す力があるという現れなのかもしれない。

稀にイレギュラーなケースもあるかもしれないが、男性女性共に性別を意識するより、人として理解を深め尊重しあい、うまくお互いをカバーしあって、より平等な関係を築ければもっと世の中に面白いことが増えていくのではないかと思ったりする。

このご時世でも未だに理由なく、異性を強く侮辱する人もいるとは思うが、時代と共に価値観は変わっていくものだと思っている。常識に囚われない考え方、多様性を尊重できる人達がまだまだたくさん増えていけば世の中の可能性はもっと広がるのではないだろうか。

今回のテーマを重いと感じたり、攻撃的で不快になったという人ももしかしたらいるかもしれない。音楽を聴いてわざわざネガティブになる事自体、あまり望まれないかもしれないんだけど、こういった音楽作品から、これまで知り得なかった事実や、歴史、情報を知るきっかけを得たり興味持ったりすることができ、客観的な意見を知って考えを見つめ直すことも出来る。

それが個人的な見解や自由な想像上だとしても重要なインプットの材料になったり、そこから何かしらのインスピレーションや原動力が生まれることだってあるだろう。視野を広げるためのツールとしても音楽を楽しむ人が増え、より作品への価値が高まっていくことを願っている。

▼ This week’s Select Music